「ゼロリスク」思考の落とし穴━高橋洋一・元内閣参事官・嘉悦大教授(夕刊フジ7月11日号より)

「ゼロリスク」思考の落とし穴━高橋洋一・元内閣参事官・嘉悦大教授(夕刊フジ7月11日号より)

【日本の解き方】 処理水やマイナンバー問題も…世の中に100%安全なし、身近な「確率」と比較すべき 

東京電力福島第1原発の処理水放出への反対や、マイナンバーをめぐるトラブル追及の背景には「ゼロリスク思考」があるのではないか。

国際原子力機関(IAEA)は4日、福島第1原発の処理水について、日本による海への放出計画が国際基準に合致しているとする最終報告書を公表した。その報告書で、処理水の放出が人や環境に与える影響は無視できる程度だとした。

これについて、「人や環境へのリスクはゼロでない」という言い方をする人がいる。筆者は、「今この場で隕石(いんせき)が降ってきて死ぬリスク(確率)はゼロでないが、無視しているではないか」と答えるようにしている。

マイナンバーカードでも、保険証へのひも付けが7000件ほど間違っていたと報じられると、「あってはならない」「もし自分がそうなったらどうするのか」と言う人がいる。そういう時、筆者は「1・5万人に1人なのでめったに当たらない、宝くじを30枚購入して100万円が当たるようなものだ」と答える。

それでも、リスクはゼロであるべきだという「ゼロリスク思考」の人は、はじめから確率を聞こうともしない。

世の中に100%安全はなく、リスクは何%程度かという程度問題にすぎない。しかし、人はしばしばリスクを「有」「無」の二分法で考え、ゼロリスクを求める。

というのは、筆者はリスクを数量的な確率で考えるが、一般の人たちはリスクを確率でなく、「恐ろしさ」と「未知なもの」という2つの因子で認識しがちだ。これは、米国の心理学者ポール・スロビック博士が提唱した考え方だが、その結果、リスクを「有」「無」の二分法で考えることに陥りがちなことをよく説明している。

加えて、人は定量的な理性より「有」「無」の直感が優位に立つ。2002年ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のダニエル・カーネマン博士のいうように、直感は「速い思考」であるのに対し、理性は「遅い思考」なのだ。筆者もその例外ではないが、遅い思考をできるだけ速く行い、速い思考を抑えているだけだ。

リスクを「有」「無」の二分法で考えないようにするためには、リスクを定量的に日常で体感できるものと比較するのがいいだろう。筆者がよく使うのは前述の宝くじのほか、交通事故率や天気予報の降水確率だ。

交通事故の死者・重傷者数は年間約3万人で、保険証のひも付けミスに遭う確率はそれより低い。降水確率は0%と表記するが、気象庁は「ゼロ」でなく「れい」と発音している。降水確率0%は0~5%の意味なので、「れい」(零)のほうが適切だ。この場合、ほとんどの人が傘を持たないが、まれに雨に降られることもある。保険証のひも付けミスに遭う確率は、降水確率0%で雨に降られるよりもはるかに低い。

悪質なのは、リスクを確率で考えられない人の弱みにつけ込んで、「安全より安心」などという人たちが後を絶たないことだ。 

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